父の発明品
私の父は、千葉で水道設備関係の会社を経営しています。私の生まれた頃、一人で創業し今日では会社組織ですが、一般にいう「経営者」のイメージとは違って、早朝から図面を書いたり、現場で器具の取付などに腕を振るようなこともします。もちろん、経営者としての仕事も。「創意工夫の技術系中小企業の創業者タイプ」というとイメージに近いかもしれません。
我が父に限らず、技術系で社長になる人は、アイデアを形にするまでの距離が短い。創意工夫で自社品をつくりだすことが、結構多いとおもいます。
久々の帰省で父とゆっくり話したのですが、父は独自の器具を開発していました。
水道というのは太い管、細い管が、土の中を通っています。土中の管の分岐部に自然と発生してしまう「サビの蓋(スケール)」があるそうです。開発したのは、それを「極めて短い工期で除去する器具」というものです。
配水管から建売住宅にむけて分岐する水道管がありますが、7,8年と、長い間通水してないとその分岐部に「サビの蓋(スケール)」が育ってしまうことがあるそうです。それが「蓋」になってしまうそうです。その結果、分譲住宅の宅地を、配管敷設してから7,8年後に、いざ使おうとすると水がでない。そういうことが時折あるそうです。
通常、この現象が起きたとき、道路の下を掘り返し、太い水道管から細い管へ分岐する部分を開けて、「サビが育ってできてしまった蓋」を壊し取り払うそうです。とてもシンプルでわかりやすい方法ですが、その工法には、道路をカットして掘り返すといった工事が必要で数十万円単位の工事費になるそうです。
この現場をなんとか掘り返えさずに、短い工期で除去できないか。
それテーマにして、開発に取り組んだそうです。
掘り起こさずに、そのサビの蓋を、どうとりはらうか。というと、こんな感じに使うそうです。
(1)住宅地側に出ている管から水を入れ、「サビの蓋」の部分まで水で満たします。水道管は細いので水はかなり少量でいいそうです。
(2)その水の入った管のはじに、その器具を取り付け、密閉状態にします。器具の頭にスライドできるシリンダーがあります。それを木槌で軽く、こつん、と叩きます。
すると、ウオーターハンマー現象的に、密閉空間のすべてに、インパクトが、かかります。
管のおくの「サビの蓋」もインパクトをうけて、すこし動きます。このインパクトを何度か与えているうちに、もともと「育ってできたサビの蓋」なので、他の構造物にくらべてずっと弱い力でも、何度かコツン、コツンと、インパクトを受けていくうちに、もげてとれます。
(3)一度もしくは複数回のインパクトの後、「サビの蓋」の一部が取れます。すると、配水管(太い水道管)側の水圧が高い関係で、密閉空間内に水が流入してきて、シリンダー部分がぐっと持ち上がってきます。これにより、作業者は開通したことを認知できます。
(4)さらに何度かインパクトを与えると、完全に「サビの蓋」は除去できるそうです。それはインパクト後のシリンダーのヘッドが、上がる速度で視覚的にわかるそうです。蓋がちょっとしか外れていないときには、ゆっくり上がり、何度かのインパクト後は、コツン、と叩くと、即座に「すっと」戻るようになるそうです。
(5)その器具を外すと、水が本来の勢いで出てきます。サビの蓋は、3~4こぐらいの小指の先ほどの大きさの塊として出てくるそうです。(蓋の大きさは直径2センチぐらいなのだそうで、割れてとれるとそれぐらいになるそうです。
こうすると、土を掘り返すことなく通水ができるため、施工にかかる時間が短くなるそうです。道路工事がないので、人や車が通りにくくなることもないそうです。
このアイデアは「ウオーターハンマー現象を利用して、管の奥を叩く」というシンプルな原理のものですが『よくできているなぁ』と思いました。基本原理は単純ですが、誤った使い方ができないようにシリンダーのサイズや形状を工夫している点や、電気を必要とせずに通水の程度を視覚的に確認出来るのは、優れた設計だと思います。
父の話としては、技術的な課題と克服点は、ストーリー的で、私はそこから察した程度の理解ですが、2つほど乗り越えるべき山があったようです。
一つ目は、普通のハンマーで叩いて、十分なインパクトがかかるようにできたこと。
二つ目は、インパクトがかかりすぎる使い方ができないようにすること。
1つ目の問題は主に構造設計的な工夫がなされました。水道屋としての長年の経験、よくある現場の状況を知り尽くしているという背景があります。
2つ目の問題はユーザーインタフェース的な部分の工夫がなされました。工事現場で人間の振る舞いをよく検討し、職人さんがよく使う器具のパワーレンジをふまえて、誰が使っても、自然と正しい使い方が出来るように工夫されています。「ああ、ここ(シリンダー)を叩くんだろうな」と使い手に想起させること。これは、難しい言葉で言えば、アフォーダンスが考慮されています。
実際、そのハンマーで叩くシリンダーヘッド部分には、かなりの設計上の工夫と試作があったそうです。叩きやすく、しかし、破壊的な力は発生させない。そういう頃合は、計算をこえて「使いやすさのデザイン」を見出すまで、続けられたようです。
そんな形で開発は進んだそうです。
さて「特許は?」とたずねると「調査の結果、とらないことにした」とのこと。
一応、私もその場で、先行特許がないか、ざっと、IPDLで調べてみました。
ざっと調べたところ、この分野では、この手の技術の特許というのはあまりないようです。機構はたしかに単純ですし、特許性があるかといえば、ぎりぎりかと思います。(いずれにしても、現行機は発売されていて、すでに「公知」なので特許はとれません)
もし、特許をそれでもとろうとするならば、今後の改良設計時に新機構をくわえ、その部分を特許をとるなどは、可能性が残されているでしょう。(特許が必要ならば)
ただ父は「量産してどんどん売る」ことに興味がないんですね。
たくさん売ることは目的ではなく、「世の中に役立つモノを、自社製品としてもち、必要と思ってくれる人にきちんと提供する」という路線だそうです。「受注生産」型の商品なので、そういうスタイルもありかとおもいます。
(すこし、余談ですが、これからの日本・縮小基調の社会においては、「量産・短期勝負」という商売よりも、あるいみ、こうした「中小企業の独自ノウハウを活かした希少製品の路線」というのもありかもしれませんね。)
超ニッチ、しかし、そのシェアはほとんど100%。
そういう商品をつくることは、その企業にしかできない仕事(それは、使命、と表現されるものかもしれません)を精一杯なした結果なのかもしれません。
…久々に父と話して、あるいみ、今の私の生き方というのは、父の哲学に強く影響をうけているのかもしれないとおもいました。
追記:
ちなみに、その製品は、「バンバンツー」といいます。
一部の業界でだけ使われる製品なので、ほとんどWEB上にも情報がありません。ネーミングの由来は「バン!バン!」とハンマーで叩くと通水して、叩いた部分が「ツー」とあがってくる、からだそうです。
体験・行為をネーミングのベースとしているのは悪くないとおもいます。お固い仕事・工事器具の世界の商品としては、やや微妙なネーミングかもしれませんが。
私も考えてみました。この器具にネーミングするなら
「通水ハンマー」か
「ウオーターインパクト」とか
ぐらいがいいのかな、と思っていました。