神山滞在記

神山という場所
神山はとてもいいところです。ど派手な有名ななにか、ではなく、しみじみと、良いのです。
わざわざ行く観光名所があるわけでもない。ここを目的地にして訪れる人が果たして僕の周りに何人いるだろうか。という場所ではあります。神山を、すなおに、かみやま、とよむのか、かみのやま、と読むのか、かやま、もしかして、じんやま、かなと。こたえは、シンプルに、かみやま。
住所も徳島県の名西郡である。これは何と読むのだろうか。なにし?めいせい?と思って宿の人に聞くと「みょうざい」。読めない。。。
そんな感じでどこよそこ、というのが、多くの人の認知ですが、「今は」そうなんですけど、今後、神山は有名になる。
神山まるごと高専のこと
教育界隈ではすでに、先端的な人は聞いたことのある「神山まるごと高専」がある場所です。
は?まるごと?それって、勝手に名乗っているだけの高専なの?いいえ。ちゃんとした高専で、数十年ぶりの新設高専。神山をまるごと使って学ぶ、ということで。
ネットで、神山まるごと高専、を検索すると自動的に出るサジェスチョンは「怪しい」。ナビで住所を入れるためにぐぐったら、それが第一候補に出てきてビビります。
ただ、怪しくもなんでもなく、倍率10倍で、全寮制で、学校の各教科の先生が全員スター選手で、めちゃくちゃ充実している学校なんです。高校に一人は要る「シゴデキ」先生、生徒に超人気でわかりやすい。そういう先生を各科目に引き抜いてくる。生徒たちはどの科目もべらぼうに面白いわけで、しかも通学時間ゼロ。学校の上に住んでいる。目の前の川は清流で泳ぎたくなるほど。近くには遊ぶ場所は自然はいっぱい、繁華街とかはない。石井町か徳島市にでないとない。
で、大企業がスポンサーについているという「なにそれ?!」な体制であり、結果、産業界のすごい人がゲスト講義に呼ばれてくる。
北海道から沖縄まで入学者いるけど、東北だけはいないらしいですが。
訪問のきっかけと驚き
僕もKさんに「石井さん、ちょっと神山いこう。」と訳も分からず、行くことになって、、、来てみたら、生徒さんたちの思考力の水準の高さに驚き、どの先生も「や、こっちも、すごいぞ。先生側が、すごい人材ばかりだ。」と。
僕は学校内見学の際に、美術の先生と立ち話をする機会をいただいたのですが、伺った話が、想像性教育へのいい示唆がたくさんで「すごくいいですね!興味深くて、、、もう、良すぎる!」とボキャブラリーを選ぶ余裕もないぐらい、メモを取っておりました。写真を撮るのは無粋と思い先生のクロッキーもさささと。
(ここで得た示唆、全国の創造研修、とくに、合宿型でやるような先進的なもの、では、皆でやってみたいこと、たくさん収穫しましたので、また場を変えて共有します)
ふらっといって見学できるわけじゃなく。閉鎖的というわけじゃなく、もう頻繁に外部の人がいる。僕らの横ではカメラクルーの一行も。ドキュメンタリーで有名な番組。ここに見学に来るだけってのは、多分普通はかなわないのではないかと。
そんな感じで「なんで石井は、その四国の山奥にいってるの」の最大目的はここの訪問でした。結果的には、AIを使って考えるための全技術、の著者講義、という形で全力講義を提供してきました。
神山での滞在を決めた理由
で。です。
感性の仕入れ、を重視している石井としては、徳島の山間のエリアに来て、すぐに帰るんじゃもったいない。二度と来れないかもしれない。観光見どころがあるかどうかよりも、ここでのんびりして疲れを回復しつつ、じっくり自分と向き合うような時間を取りたいなと。
そこで、移動調整日(仕事と仕事の合間にできる「どっちの街にいてもいい自由度のある期間」)を、東京ではなくこのまま神山で過ごすことにしまして、5泊ほど泊まります。多分、ゲスト講義できて5泊もいる人は他にいないのかも。仕事終わったなら帰れよ、と思われそうですが、温泉宿に二泊、それから川のほとりのアトリエみたいな宿に3泊。
温泉宿での一日
今日は温泉宿でおきて、朝飯食って、温泉へ。疲れが抜けていくようないいお湯。
浴衣で山登り
湯ざましに、旅館の反対の山側へあるく。浴衣にサンダル。濡れた手ぬぐいを袂に入れて、ほんとにふらっと。浴衣の下は何もないので非常に開放感。
しかし、山側の方に古い水車小屋があるので当時はどうだったのかをしげしげ眺めていると、山の方に小高い展望台があるみたいだと気づき、ちょうどいい運動だし、クマの出る東北では控えていた山歩きをしたいしで、ちょっと展望台まで。
意外と歩ける。そうしたら芸術作品とか「隠された図書館」というじつにコージーな小屋があったりして、みていくと、ついに頂上に出てしまう。ハイカーは森の中で浴衣にサンダルで頂上に行く僕にぎょっとしていたが仕方ない。
森の中、木漏れ日の中を浴衣で歩く。冬の寒い日が急に強い日差しで暖かったので少し汗ばむくらい。ぐんぐん登っていく。浴衣の下はパンツははいていない。なので、大股で歩くと開放感が半端ない。江戸時代の人って、こうだったのかな、とか、ふんどしは付けたのかな、と訳の分からないことがよぎる。こうしてみるとパンツ、ズボンというのは、男性のようにパーツが多い生き物にとってはなかなかに窮屈な服であったのだと52年生きて初めて気づく。
そうして登りきると、林道があった。下りは安全に林道を歩く。神社があったりして降りて温泉宿につく。2時間経っていた。
スマホのない豊かさ
温泉上がりなので、財布もないし、腕時計もスマホも何にもない。スマホがないと、撮影したい、とおもってもできない。最初はそれがもったいなかったけど、そのうち、こんな時間と空間にいるときにスマホをちまちまやっているほうがもったいない。記憶にしか残せない時間を過ごせるこの豊かさよ。と。
冬の太陽は南中の高度が低い。その太陽が杉林からさしこむ。芸術作品を後光のように照らす。ああ、うつくしいなあ。
写真には残せないので、肉眼でじっとみつめる。3分も眺めていると作者がどうしてこれをこの向きで設置したかを感じる、多分冬の晴れた日にこの光を背に浴びる森の中の異形のもの、というものをみせたかったんでは。まさに来るべき日に来たのではないかと。
ハイカーは1組だけであとは誰も来ない。静かにしんとしている森山を歩くこの時間の心の満ちる感じ。たまらん。
宿には時間課金されていくシェアカーをとめている。でもいいんだ。今日は多分、車に乗らないだろう。それでいい。
午後から夜
宿に戻り、また温泉に入る。気づくと汗もかいたが、からだがひえていた。そりゃ12月の山を布2枚程度であるけば冷える。
温泉から部屋に戻る。急ぎのメールの返信に取り掛かる。それを始めると結局日没までベッドで横になりながらの仕事になった。でも体の疲れはかなりとれた。その間に温泉にもまたはいる。
夕飯は宿についている。和牛の陶板焼き。ここの肉はすごくいい。うまい。充実してまた温泉。部屋に戻り、写真の整理。またメール対応。
むすび
そんな感じでこの温泉宿とその裏の山で過ごす一日であった。こういう一日を過ごすために来た。天気は昨日に引き続き、気持ちよい冬の晴れ日で、日差しの中にいれば暖かい。
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