書。筆の運びにまかせて。
12月17日。週末に筆をとりました。久しぶりです。といっても筆ペンとカレンダーの裏紙で、ですが。
幸せに生きる、とはどういうものか。すこし筆と紙を前に、問いかけてみました。あいうえお作文的に、「し」「あ」「わ」「せ」で、始まる文章を、筆の走るままに書き連ねます。
それで、書きあがったのがこれです。
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(「あ」の文字がつぶれてしまったのが、残念ですが、これもこのときの筆運びなり。未熟な己の一部です。)
見せられないような恥ずかしいレベルの書体ですが、筆の運びによって、表現されたものを尊重しよう、と。
「し」しんらいされて よろこばれ
「あ」あしたがくるのがたのしみで
「わ」わたしの心が豊かになってく
「せ」せおうにもつはすこしだけ、食うに足るのみ
だ、そうです。無意識でかくわけじゃないですが、自分の筆の運びは自分でもすこし予想の外にあるものです。筆を取り、正座して背を伸ばし、左手で紙を押さえる。しばし、考えるのをやめて、筆の進むままに書き連ねる。
「書」を書く、というのは、PCワークとはまったく別の表現過程です。フォントそのものがそのたびに作られていきます。心の温度やそり具合、そういったものが乗ってきます。
たかが筆ペン。されど、です。時には、じっと筆の運びに、任せて言葉を紡ぎ出す、というのもなかなかオツなものです。