シンプルでタフな道具は、思考するスピードを加速する
文房具のメーカであるキングジムから、テキスト入力専用の道具が開発・発売されています。製品をまだ見ていない段階で、とてもほしいなぁと思わせる魅力が、この商品コンセプトにはあると思いました。
それについて、すこし社会背景を考えてみました。現代の「ネット環境」と「オフィス環境」が、知的生産の道具はテキスト入力である、と条件づけています。
人間のコミュニケーションは、五感を媒介してやりとりされます。
1視覚(絵、グラフ、形状、手振り、表情、文字)
2聴覚(音、歌、リズム、音程、音の強弱、音声)
3嗅覚(香、におい)
※ちなみに、余談ですが、
嗅覚は、あまり概念上のバラエティーがありませんが、
センサー(人間の感じる器官)のもつ分解能は、非常に敏感です。
光は基本要素3で再現しますが、匂いは数百の基本要素が必要です。
4味覚(味、ペーハー濃度、電解質濃度、熟度、濃度)
5触覚(体温、圧力、振動数、心拍数、発汗量、手触り、やわらかさ、滑り具合)
ネット環境で通れるものは、「1視覚」と「2聴覚」の情報です。
「3嗅覚」と「4触覚」は、実験的な取り組み段階にあります。
「5味覚」は非常に難しいようです。
オフィス環境で、許されるものは、「1視覚」と「5触覚」です。
書類を見たり、写真を見たり、サンプルの手触りを確かめたり。
「2聴覚」と「3嗅覚」は、意図しない空間的な拡散性があります。
他のワーカーに対する配慮から、難しいようです。
「4味覚」は業種により事情が大きく違います。
※ SOHOや個室のあるオフィスではこの限りではありませんが。
そうして、現代の知的生産のやりとりにおいてメインとなるのは、
2つの環境で絞りこまれて、「1視覚」になるようです。
この「視覚」情報について、もうすこし考えてみます。
情報検索性から言うと、テキストが圧倒的にすぐれているため、
労働時間当たりの情報量の多い現代では、テキストベースがいまだに主流です。
(ただし、視覚的に受け取れる情報量の多さからいうと、テキストよりも、絵やグラフの方が多いわけでもありますが)
ナレッジワーカーであれば、テキスト入力で仕事をする、という作業が(すくなくとも当面は)主流であり続けるでしょう。
ネット環境とオフィス環境がゆっくりと変わっていけば、もっともっとグラフィカルな入力や動画や音声(あるいは、もしかしたら、触感や味やにおい)の入力が主流になる時代が来るかもしれません。その時にはもっと社会は、心豊かな気がしますが。
さて、長く回り道をしましたが、たどりつきたい議論のスタート点として、「現代の環境においては、テキスト入力が主流」である、という点を一応仮に正しい、とかんがえると、何がポメラという道具コンセプトのよいところか、推察できそうです。
ナレッジワーカーが、テキスト入力をしていると多くの障害や誘惑があります。デジタル機器の進化で、昔に比べて障害や誘惑は、人間の脳にとって増えています。
・メールがやってくる。
・スカイプがにゅっと立ち上がってくる。
・意味を調べるためにネット辞書を立ち上げて、意図しない刺激ある情報に誘引されてしまう。
・参照したいファイルを探しているうちに、やりのこした仕事ファイルが目に入って、気になり始める。
・電話や声をかけられるのを避けたい「創りだす作業」をしたいときにも、PCの重さ、バッテリーの持ちが、仕事できる場所を制限する。
・打ち合わせの際に、PCの起動がおそくて、まごつく(非生産的な心理状態を増やす)
・さて、かこう、とおもってから、書き出すまでに、「何度か、フォルダーやプログラムの起動メニューを選んでいく」という作業が余計な思考力をつかわせて、えーとなんだっけ、という状態を時折起こす。
PCの総合的な環境は「創る作業」においては、障害や誘惑になりますが、「情報を受け取る」「深く理解する」という作業においては、非常にいい道具です。
創る時だけ、しかも、その主流であるテキストを作る時だけ、を目的にしたシンプルな道具があってもいいと思います。それは従来はノートとペンでした。
問題は、その後、それを、編集し、発信する、ことが必要な点です。創造物の多くを非公開にし、一握りの優れたものをだすような芸術家的な活動をする仕事を除いては、書き出したテキストは、加工して、外部に出す必要があります。その際に、ノートに書いた文字は、その後の工程とすこぶる相性が悪い。OCRで読み取るには、文字のきれいさがとわれ、さらに読み取り作業、確認作業いる、ということになります。書いたノートを再度打ちなおす、というのも、価値創造のない作業であり、できれば避けたいです。
ポメラのコンセプトがナレッジワーカーにうけるのは、そうした環境を、明言なしに感じていて(でも、それを不満であるとは口にせず)、そこに解決策となるコンセプトが提示されたからではないか、と思います。
PCもうまく使えば、それに似たツールとして使えます。たとえば、ネット環境のない山奥や、通信カードのないPCをもって新幹線に3時間のる。ノートPCのデスクトップファイルを、新規フォルダをつくって、そこにすべて押し込む。デスクトップに、テキストファイルのショートカットを作る。過去のファイルを参照しないと決める(これは、意外とむずかしい)。
これで、なんとか、「シンプルなツール」には、できます。
それでも越えにくいのは、トイレに立った時に、スタンバイにする作業とか、貴重なデータの入ったPCの管理とか、長い時間使うことで発熱するストレスとか、電源のもちとか。
さらには、電車を降りるぎりぎりまで、文字入力をする(私はそうです)、川べりの石に腰かけて、文章を書く(これはときどきします)という作業は、ノートPCでは、こころのどこかで、はらはらしています。
一言でいえば「タフなツール」ではない、という点です。
知的生産に限らず、専門的な仕事をする人には、すべからく、「シンプル」で「タフ」な道具が必要です。裁縫をする人ならば、裁ちばさみ。そんな感じの道具が、です。
それらは、思考するスピードで、頭の中のもの(ことば、概念、デザイン)を頭の外のもの(もじ、形)にしてくれます。
思考の速度は非常に速くできるものですが、インプット/アウトプットについては、限界があります。目や耳、口や手が動く速さが上限になります。それに加えて、原始的な生活でないかぎりは、必ず道具が存在して、それの機能する速度が、上限になります。長く使ううちに、思考する速度は、上限値に修正されがちです。道具がシンプルであれば、思考の回転数はあがり、道具がタフであれば、アプトプットの回転数はあがります。
思考する道具として、ポメラには、そういう「シンプル」さと「タフ」さがある、という点が、プロユースな感じがある気がします。
追記:
本当であれば、商品コンセプトだけで、こうした議論をせずに、さわってみて、商品コンセプト通りのものにしあがっているか、とくに、シンプルでタフなのか、を知りたいところですが、発売前にさわれるお店が仙台にはなかったので、こうした書き方をしてみました。なお、コンセプト通りじゃないかもしれない、という可能性は、すべての商品にありうる可能性です。商品コンセプトはよいので、そのコンセプトで商品をつくる可能性をぜひ具現化してほしいとおもいます。実機を手にして、(もし)ガッカリした後には、こういう、言葉にしにくい微妙な感じを紡ぎだせなくなるので、先に、「モノを見ずにコンセプトを褒める」ということをしてみました。
昔の友人が、ポメラにすこし近い職場にいて、彼の言葉から感じるに、かなりいいもののようです。早く触ってみたいなぁと思います。
なお、開発者の方の話と動画をITmediaでみましたが、この道具の開発では「もっと多機能化したい」を苦しいけれども押さえて、シンプルでタフに仕上げた点、素晴らしいなぁ思います。商品開発の現場では、レビューすると必ず「もっとこうもできたらいい」というアイデアが必ず出ます。私もそういうアイデアを出している方ですし。ただ、決めたコンセプトに外れるものは、歯をくいしばって入れない。そういう徹したところが創造主には必要だとおもいます。その意味で開発者の方は、シンプルなまま具現化したところが、素晴らしいとおもいます。