可能性にかけてみたから
先ほど、すごくうれしいことがありました。
あこがれていた本の著者さんから、
あることでOKのお返事をもらいました。
このメールを見たとき、本当にうれしかったです。
そして、すこし冷静になってみてから、そのうれしさの
構造をかんがえてみました。
その結果、付き合った一つの考えは
「可能性にかけてみたから」
というものでした。
やれば、成功する確率100%の物事は、失敗しないので
悲しかったり、残念に思うことがなかったり、ということがない、
という良い面があります。
成功するか失敗するかわからない50:50の物事は、
思い通りにいかない結果もありますが、
望み通りになった時には、どきどきした分、とてもうれしい、
という良い面があります。
つまり、
「可能性にかけて見て、挑戦したから、得られたうれしさ」
があるんだ、と思います。
税金のように、コインの裏側のように、ついてくるのは
「可能性にかけて見て、挑戦したから、失敗した残念さ」
ですね。
ただ、それも一興、とおもえる諦観をもてれば、それもまた
人生のスパイスかもしれませんね。
うまくいくか分からない、というときに
いつも思い出したいとおもい、未来の自分へのメッセージとして
書き残したいと思います。
「うまくいくかどうか分からないなら、挑戦してみよ、己よ」