娘の初めての授業参観

今日は、ひさびさに、一日、家族のための日(自分の用事はしない日)でした。
小学校に入った娘の授業参加を見てきました。
図工の時間。おしゃれなバッグをつくる、というものでティッシュの箱のようなボール紙に、カラーの紙を切ってはっていきました。ベテランのうまい先生が担任の先生なのですが、その指導っぷりは、私の仕事においても多くの示唆をもらえるもので、大変勉強になりました。小学1年生が、「はいっ」といって一斉に作業ができたり、ばらばらの個性をいかした作品つくりをさせて、それがうまく多様な作品になっていくところなどは、大変勉強になりました。

学活の時間、先生が最後に、おもしろいことをされました。
皆で一斉に、上半身をやや真にかがめて、下に下げていた腕を伸ばしたまま後ろから上の方にひきあげました。翼のような感じ、というべきでしょうか、そんな姿勢です。そして、ぐーっとちからをいれて、一斉に飛び上がりました。そして着地すると同時にきをつけ、をして、終わりの挨拶にはいりました。みんな着地の時に、ぴたっとまっすぐきをつけをして、きれいに挨拶をできていました。
これには、はっとしました。機敏な身体的動きをさせたあとは、体の姿勢をきちんと制御するための運動中枢が活発になっていて、きをつけ、がうまく一年生でも集中してできるのかも、しれない。と。あとは、座っている姿勢は体がなまりますが、いちどジャンプすることで、その前の姿勢の状態をリセットして、そこからきをつけ、の動作にはいることで、正しい動作をさせているのかもしれない、と。思いました。
そこで、担任の先生に最後に伺ってみました。どういう効果があるのでしょう、と。
先生はおっしゃいました。きをつけをしなさい、と強制したくない。子供もすわっていればたまるものがある。最後にぱっとジャンプして発散して、終わってもらいたい。大人もジャンプすると発散できますよ。とのこと。
いい先生についたなぁ~。と内心思いつつ、師の言葉に、いろんなことを学びました。
さて、その後は、いろいろな買い物を家族で。珍しく長町のモールで食事をたべたり、いつもとはちがった娘達のすきなものを中心にとって、みんなで取り分けたりして食べたりしました。
夕方家に着いたら今度は、娘の自転車の練習。ようやく手に入れた自転車を娘はなかなかのりこなせないでいるので、典型的なお父さん手を離さないでよ、練習。実際はさっさと手を離してしまうわけですが、娘は、後ろに立つ私の影をみて、”お父さんおさえてないの!?”と言っていました。
今日はお父さんがなんだか付き合いがいいぞ、とおもった娘二人は、公園に行こう、ということで、近所の公園に。ぶらんこをこいで遊びます。幼稚園の娘はどんどんおして、というのでどんどんおしたら、90度ぐらいの角度まで、振り子をふっていて、大丈夫かなと大人は思うのですが、娘は満面のくしゃっと笑顔で、きゃははっとさけんでいました。アルプスの少女ハイジ、そのオープニングで、ハイジがとてつもない高さまであがるブランコがありますが、それさながらの振りでした。そしてブランコに興じる娘達の前に手を出して、ほらほらぶつかるぞ~っという子供らしい遊びをしていました。夕方だったので1時間ぐらいでしたが、子供達は走り回って、水を飲んで、汗をかいてました。子供時代がここにある、と、当たり前のことですが、おもっていました。
さすがにこの日は疲れて、もどってくると、千葉の実家からとどいていたとうもろこし(千葉の土気は、とうもろこしのおいしいのが取れるのです。土気バンダム、という銘柄が娘達のお気に入り)をたべて、しばらく転寝(うたたね)をしてしまいました。
一杯遊ぶと好きになる。娘達ととことん付き合った日は夜のお風呂もききわけがよくって、「はいっ」と良い返事をくれます。ここまで娘達とあそんだのは2年ぶりぐらいですかね。普段の家族と過ごす休日はそれなりに大人側の都合もありつつの休日で、僕もちょいちょいとメールをチェックして返信したり、仕事の資料を広げたりしてしまうので、娘達は「お父さん遊んでよ」とおもって寂しいおもいをさせているのかもしれないなぁと想いました。
最近、はっとしたことがあり、今日の動きになっていました。
それは、
理想の家庭像を描き
その実行にむけて努力すること。
という私の指針を、まもれていないなーと言うことでした。
私には30歳の頃に作った「Happy Life 4原則」というものがあります。
1.好きなことを仕事にする
2.得意なことを仕事にする
3.高い志を持って社会に新しい価値を生み出す仕事をする
4.理想の家庭像を描きその実現に向けて努力する
というものです。
アイデアプラントを創業してからは、ずっと加速と長い時間の仕事(研究者に近い生活ぷり)をしていたので、「4」が随分とおろそかになっていたな、と昨晩、布団の中で、はっとしたのでした。
最小単位の社会である「家庭」すら幸せにできないで、何が事を成せようか。ということなのですが、その自分の立てた指針が今の自分に軌道修正を促した形です。
今日もブログを書くよりも早く娘達の隣に行きたいところですが、一方で、このブログもまた、自分にっては大事なんです。このブログの中の「日記、価値観、仙台オススメ」カテゴリーの何割かは、未来の子供達に向けてつづっているものでもあります。人はいつ死ぬかわからない。生きていくうえでヒントになりそうなことを、未来に生きる彼女らに残したいという、極めて個人的なものが、このカテゴリーの中にあります。ということで、この辺で筆を置きます。
そういえば、近所に知り合いの方ができました。「ぱぱ、あの人、何の友達?」って言われて私は「ツイッターの友達?」と曖昧な返事をすると、妻が「ご近所さん、っていえばいいじゃない(笑)」といっていました。そうですね。娘が小学校に行くようになって、地域にも知り合いが増えました。子供というのは途上であり未完であり支援が必要な存在です。しかし、その彼ら彼女らが糸口になって、人々やコミュニティーというのはつながりを広げたり、まとまって一つの向きにむけたりする。そういう不思議な存在でもありますね。

下の娘が暇をもてあまして私を取ったもの。お父さんちゃんと写って!といわれていました。それは逆光というものなんだよ・・・