経済的報酬だけではからない
いま、ある方からお電話をいただいて、”企画していたアイデア創出系の講演については先方の状況が変わり無しになりました”とのこと。「それでもいいんですよ、今回いろいろディスカッションさせてもらえたことのほうが、有意義でしたから。」とお答えしました。
もし雇用者の立場だったらそういうことは言いにくいところかもしれませんが、代表として、普通にそう思います。経済的報酬(金銭)だけをみると、単に準備した(特殊な専用発想トリガーを作ったりした)ことが100%無駄、ですが、多分、そうじゃないと思うんです。
たとえば、特殊な発想トリガーは、新しい知見として世の中に提供できるようにもなりました。(これがクライアントワークとしてとれてしまうと、更に作りこんで、非公開の情報になってしまうところ)。それが今後、公開・提供できるわけで、経験的にこれが新しい縁になって出会えていく人たちがきっといるでしょう。
アイデアワークの性格上、ただ一社の用途にしか使えない、というものはあまりありませんので、こういう応用途が利きますが、もっと、物体とかだと、設計思想だけが転用できる、という形になるのかもしれませんが。
少なくとも、具体的な「問い」があったらか新しい発想トリガーが生まれた。というのは事実で、何も無い平坦なところには、発想トリガーは突如うまれたりしません。そして問いがもたらされただけでは不十分です。問いを磨く。そのためには、かなり現場を知っている方に、問いの洗練作業に付き合ってもらうことが必要で、それに応えていただきました。
こういう出来事がもっと沢山積み重なって、いろんな種類の知見が作れることもまた、私達の願いに適うところ。こういう出会いがまたあるといいなぁとおもい、電話を置きました。相手の方は仕事にならずに恐縮です、とおっしゃっていましたが、こちらこそ、有難うございます。