学習、要素、構造
ワークショップとかある種の教育コンテンツを作るときに、自分の中でせめぎ会うものにふと気がつきました。
結論から言うと、これは、「要素」と「構造」の2つを有限時間内で折り合いをつける、ということだと分かりました。
すこし、散文的に書いてみます。
新しい概念や技法を学んでもらおうとする。
いくつもあるが、最も大事なもの3つに限定する。
それを大きくクローズアップし、それ以外のものは必要最小限化。
これで、「要素」となるものをもっとも効率的に渡せる。
次に構造。
実際にユーザがその知識を使った自発的行動をする場合を考える。
実際の手順どおりに教えてもらっていないと、途中で困る。
教えてもらった順序どおりにやろうとして、抜かしたりする。
それらを考えると、必要な順序でコンテンツを並べたくなる。
そうなると最初に書いた要素、が、構造化するときの邪魔になる。
構造化することで、3つの要素にもっと、補う部分が必要になりだんだん複雑になる。
クローズアップ効果がなくなる。
このゆり戻りをへて、時には、クローズアップポイントが変わることも。
そして、構造化のなかでしっくり来るように調整する。
こういうプロセスをぐるぐるとまわして、最高の教育コンテンツをつくる。
それが時間がかかる最大要因であり、仕事のクオリティーをつくっているものでもある。と思います。
発想法の本を20冊読めば、だれでも大体心理がみえますし、エキスパートとそんなに遜色ないハウツーは記憶できます。しかし、実践がないので、短時間性がまだないでしょうが。
しかし、そうじゃなくて、誰かにある種の知的ワークを教えてもらいたい、という要望があるのは、分かりやすく、楽しく、実践ができるように、してもらいたから。短い時間で。
それに答え続けようとするプロセスこそが、こういうタイプの仕事のプロであり、道である。とふと思いました。