不味く食べる習慣に、気づいたからには、注意していきたい
仙台、山形と、山越えをしやってきた新潟では、ごく普通の現代の日本の生活がありました。なみなみとお湯がはられたお風呂。新鮮なイチゴ。沢山の菓子パン。行列なしに入れるガソリンスタンド。並ばずに買えるコンビニ。沢山の清潔な食器でたべる食事、、、。
これ、わずか200時間前の仙台でも、ごく普通の人が享受していたものでした。八日たった仙台では断水がつづき、私は今日、八日ぶりにお風呂に入りました。普通の湯船でしたが、今までにはいったどんな温泉よりも気持ちのいいものでした。お風呂って、こんなにいいものだったかな、と思いました。
今日、新潟での夕飯は唐揚げと煮物、それとイチゴを食べました。揚げ物は今の仙台では家庭では難しい ー断水で揚げ物汚れを洗えないのでー ので、久々に食べましたが美味しかったです。イチゴがこんな味がするものだったか、と思いました。仙台では黒くなったバナナでも貴重な食料で手に入ると有難いな、とおもって食べていたので、こんな新鮮なイチゴは貴重な品、、、。と思い味わっていました。
それで気がつきました。
これら風呂も、食事も、これ程に心地よい、これ程に味がする、ということにこれまで気がついていませんでした。従来は、つかれて深夜に風呂が面倒だといいながら入りました。ご飯もかなり早食いで、食物の新鮮な味わいをまったく感受せず、しょっぱいもの、ボリュームのあるものを、かき込んでいました。
それで、いま、気がつきました。37才になる今まで、自分なりに超多忙と思い込んで生き急ぐ様な時間を送ってきて、ご飯なんてゆっくりくうてる時間はないわ、という傲慢で感謝の無い姿勢であったことを。そして、それはご飯を不味くたべる方法を知らずに身につけてしまっていたことを。
私はなにを食べても美味しいたちなのですが、それは、充分に味わうことなく、飲み込むことと胃袋の満腹さに基づくものであったと思います。ご飯をもっと美味しく感じてたべれる可能性があったのにそれを、ずっと損なっていたと、思うのです。
被災生活でわかったことの、もう一つの周辺知識は、お腹が一杯になる感覚が分かった、というものです。娘たちに「沢山お食べ」といって、食事を控えめに食べていました。普段なら、ガツガツと二人前ぐらいたべる私が、子供の食事量とそう変わらない、足りない食事量で何日か過ごしたところ、モグモグモグモグと噛んでいると、あっお腹いっぱいになったな、という感覚がわかる様になりました。その食べ方をすると、食材一つ一つの味って本当によくわかるんですね。ある夜はアサリの酒蒸し一個だけ、という時がありました。いつまで続くか分からなかったので、ダメになりそうなアサリを石油ストーブで調理したものです。子供達がお腹いっぱい食べてくれたらそれでいいや、ということで私は一つだけもらいました。その時に、ああアサリってこんなに味がするんだね、と妻にいっていました。流石に足りないので、なんとか並んで買っていた小さな三十円のヨウカンを食べました。ヨウカンが甘くてあずきの食感もあって美味しく感じたのも今回がはじめてです。こういう、お腹一杯になる感覚がわかる食べ方、と、よく噛んでたべる事、と、食材の美味しさを楽しむ事には、とても強いつながりがあること。そんなことを知りました。
この感覚は一年後には薄らいでしまうでしょう、ほおっておけば。
忘れてはならない。そう未来の自分へ伝えたいと思うのでした。
因みに、八日ぶりにお風呂に入った時、少しお腹周りがすっきりしていました。